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2018年カレンダー(バイク)
レーサーズカレンダー2018(RACERS)

2017.10.27
不定期刊
定価2000円 (本体価格1852円)
ISBN:9784779634000

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2018年カレンダー(バイク)
レーサーズカレンダー2018(RACERS)
壁掛けタイプ

縦420mm×横297mm

13枚綴り(表紙+12ヶ月分)



時代を駆け抜けた往年のマシンで綴る12ヶ月
各月の絵柄はバックナンバーの表紙イラストからチョイス。是非このカレンダーを使って、これまでのRACERSを思い返しながら、心新たに2018年を迎えてください!


1月 KZ1000 SUPERBIKE(RACERS Vol.38表紙)

2月 NSR Final(RACERS Vol.36表紙)

3月 Marlboro YZR[Part3](RACERS Vol.35表紙)

4月 '98-'01 NSR250(RACERS Vol.44表紙)

5月 KR250/350(RACERS Vol.42表紙)

6月 RS750D(RACERS Vol.37表紙)

7月 RVF Legend[Part1](RACERS Vol.10表紙)

8月 LUCKY STRIKE SUZUKI RGV-√ 250(RACERS Vol.25表紙)

9月 '93 TZ250M(RACERS Vol.39表紙)

10月 KAWASAKI “Z”RACER[Part2](RACERS Vol.18表紙)

11月 Marlboro YZR[Part2](RACERS Vol.24表紙)

12月 AHM CB750F(RACERS Vol.33表紙)

時代を駆け抜けた往年のマシン

KZ1000 SUPERBIKE
ヤマハの500で世界GPにフル参戦する前年まで、エディ・ローソンはUSカワサキのエースだった。駆るバイクは空冷四発の雄、KZ1000。
アメリカンホンダのフレディ・スペンサーやヨシムラのウェス・クーリーらを向こうに回し、AMA最高峰のタイトルを手中にする。


NSR Final
The Final——、2001年は2ストロークの500㏄だけで争われる最後の世界GPだった。
その'01年にホンダが投入したNSR500は、絶対馬力を追及したかつてのそれとは打って変わって、コントロールしやすいもの。そのマシンを託されたのはバレンティーノ・ロッシだった。


Marlboro YZR[Part3]
衝撃の'94日本GPから3カ月後。阿部典史はマールボロカラーのレーザースーツをまとい、YZR500に跨っていた。ところが、天才とまで謳われた彼であってもNSR500からの乗り換えは容易でなかった。新たな開発課題が突き付けられたヤマハの技術陣。その奮闘を追う。


'98-'01 NSR250
エンジンはクランクを1軸から2軸に変更。車体ではピボットレスのフレームに、ラジエーターはサイドに配置するなど、それまで以上に意欲的な'98NSR250だったが……。
紆余曲折がありながらもアプリリア、ヤマハに勝負を挑んだホンダとライダーたちの姿とは—— 。

KR250/350
タンデムツインと呼ばれる特異な気筒配置だ
ったKR250のデビューは1975年のデイトナ。
しかし結果は全滅。それから2年。'77年よりカワサキは世界GPへの本格参戦を開始する。
果たして'78年、KR250/350はコーク・バリントンの手によりダブルタイトルを獲得する。

RS750D
当初、量産のCX500を改造したマシンで挑んだアメリカンホンダだったが、かのフレディ・スペンサーをもってしても王者ハーレーダビッドソンの牙城は切り崩せない。そこで開発されたのがホンダ初のワークスダートトラッカーである空冷VツインのRS750Dだった。


RVF Legend[Part1]
「無敵艦隊」とまでいわれたホンダの耐久レーサーも、'80年代に入るとカワサキやスズキの台頭により、かつての輝きを放てなくなっていた。空冷並列4気筒に代わる新しいホンダのアイデンティティとは—— 。技術陣が出した答えは新設計の水冷V型4気筒だった。


LUCKY STRIKE SUZUKI RGV-√ 250
激戦の250㏄クラスにスズキも挑む。時は1990年。だが現実は厳しかった。若井伸之やジョン・コシンスキーらが善戦するもヤマハやホンダには一日の長がある。思い切ったスズキはVバンクを変更。果たして'95全日本、沼田憲保によって悲願のタイトルを手に入れた。

'93 TZ250M
車名「TZ250M」、開発コード「0WF3」。
1993年に世界GP を制した原田哲也のクルマは“TZ”という量産車名が付きながらも、“0W”のコードが示すとおりその実態はヤマハのファクトリーレーサーだった。少数精鋭のチームが成し遂げた'93年の奇跡。その足跡を辿る。


KAWASAKI “Z”RACER[Part2]
サーキットにライムグリーンが帰ってきた——。
1987年の全日本第5戦・菅生。ZXR-7と名付けられたそのファクトリーレーサーは、バフ掛けされた極太のアルミツインスパーフレームにナナハン専用設計となった量産GPX750Rの水冷DOHC16バルブのエンジンを積んだ。


Marlboro YZR[Part2]
堅実なレース展開を見せるようになってきた
ケビン・シュワンツに加え、ホンダNSR500はついに位相同爆エンジンを搭載。迎え撃つウェイン・レイニーとヤマハは、さらに車体開発を推し進めるが……。混迷の度合いを深めていった「マールボロレッドの王者」を追う。

AHM CB750F
AHM=アメリカンホンダモーターの最優先事項は量産車販売に直結するAMAスーパーバイクを制すること。なかでも開幕戦デイトナは何としても勝ちたいレースだった。ベース車を日本で作り、アメリカでレーシングマシンへと仕上げる—— 。
CB最強列伝、ここに完結。

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